新野大の大阪湾探訪

 江戸時代の百科事典、『和漢三才図会』に「泉州より多く産す。古くは泉州をちぬ茅渟のあがた県と称えたり、故にこれを名とす」とあるように、昔は大阪湾にチヌ=クロダイが沢山いて「ちぬ茅渟の海」と呼ばれ豊かな海だったろうと想像できる
 実際、一時期急速に進んだ海岸の埋め立てや生活排水の流入による水質の汚染で貧弱になった生物相も、近年下水道の整備や住民意識の向上などで、少しずつ美しくなってきており様々な生きものたちが水辺へ戻ってきている。
 大阪湾は瀬戸内海の東端にあって湾口を淡路島によって塞がれたような形になっている閉鎖的な湾といえる。しかし、黒潮の支流が東沿岸沿いに紀伊水道を北上し湾内に入り込んでくるので、暖流性・外洋性の生物が現れる可能性も高い。

新野大氏
 そんな大阪湾に足しげく通うようになったのは、今から十年前。夏休みの一日子どもを連れて大阪湾の東南部に位置する海水浴場で、マスク、フィン、シュノーケルを付け覗いた海中には様々な生きものが生きづいていた。波打ち際はおびただしい量のゴミが流れ着きお世辞にも奇麗とは言い難い海岸だが、潮の加減か水は意外と透明で奇麗だ。フィンで蹴り上げた砂めがけてクロダイの幼魚が集まり餌を探す。小さなホウボウが胸鰭を大きく広げて泳ぎ去る。大きなボラが群れを作って底の砂や海藻を口に含んでモグモグと食事をしている。所々に沈んでいる大き目の石の影にはアイナメが身を寄せ、アミメハギが表面を突ついている。たった一泳ぎをしただけで意外と沢山の魚にであえるとは「大阪湾もやるなー!」というのが最初の印象。その後休日の半分はこの海岸に通いつめている。
マハゼ  ここの海は、春は潮干狩り、夏は海水浴場で賑い、それ以外は左右の河口に作られた防波堤からや砂浜での釣りが楽しめる。
私が観察、採集を続けている場所は海に向かって右側の防波堤の周辺。
 この海に飛び出した防波堤の左右半分ぐらいまでには、防波ブロックが沈められ海藻や付着生物が付き、格好の魚たちの隠れ家を提供している。防波ブロックは中潮から大潮の干潮時に姿を現わす。
 防波堤の海水浴場側は砂浜であるが所々に褐藻類やアオサが繁茂する場所がある。また、数年前に岸から数十b沖にも防波ブロックが海岸に沿って沈められ生きものたちに棲み家を提供している。このブロックの外側には春先海藻がびっしりと繁る。そこにウミタナゴが稚魚の出産のために集まり大きな群れを作っているのが観察できる。はちきれそうな大きなお腹をしたウミタナゴの群れを見つけると今年も無事に春が来たのだなぁと一安心。何日かすると防波堤の周りの海藻の合間にも四〜五a程のウミタナゴの子供達が何十匹と群がりワレカラやトビムシなどを突いている姿を見ることが出来るようになる。
 この頃から海中に少しずつ稚魚たちが現れ始めるが、その稚魚を餌にして成長する魚たちが晩冬から初春にかけ一足先に水面に姿をあらわす。アナハゼやスズキ、メバル類、カジカ類などである。全長2a前後のそれらの稚魚は半透明の体で水面にポツンポツンと浮かんでいる。大型の動物プランクトンを食べながら遅れて出現してくる稚仔魚を待っている。この頃背面メタリックな青緑色で腹面が銀色をした3〜4aの稚魚も水面で見ることが出来る。アイナメ、クジメで、一見サケ等の稚魚のようである。しばらくすると体色は茶褐色となり海藻の中の住人となる。
 5月の終わり頃、ウミタナゴの稚魚が現れ始めると同時にドロメなどハゼの稚魚が水面から中層に褐色の迷彩をかけて大きな群れを作る。その群れに混じって1a程の黒い針のような体つきのミミズハゼの稚魚が現れる。その他クロダイ、ボラ類、フグ類、の稚魚が防波堤の周りに集まり、生き生き繁った海藻の周りは魚たちの保育園となる。その頃海藻の茂みを玉網ですくうとギンポが入り、岸壁に沿ってすくい上げるとイソギンポが獲れる。
 とここまでは毎年ほぼ同じ顔ぶれの魚たちが現れるのであるが、6月以降10月下旬まではその年により、いろいろな魚が採集できるので目が離せなくなる。
イソギンポ
レギュラー的に夏場に現れる魚たちは、奇麗どころから並べるとアケボノチョウチョウウオ、フウライチョウチョウウオ、チョウハン、チョウチョウウオなどチョウチョウウウオ類、カゴカキダイ、ヒメジ、ヨメヒメジ、ホンベラ、キュウセン、キヘリモンガラなどの数cmのもの。砂場にいるヒメハゼ、スジハゼはこの時期海底の平たい石の下で産卵をしているのをよくみかける、が両種ともオスの婚姻色は美しく目を見張るものがある。ナベカ、イダテンギンポ、ニジギンポ、コケギンポなどイソギンポの仲間もよく仲間同士喧嘩をするがクリクリと良く動く眼が可愛い連中。
オニカマス  次にたまたま現れる、こんな所にこんな魚が!という紹介。
最初に南方系ので、オニカマス。成長すると1bを超えバラクーダとも呼ばれ人を襲うこともあると言われているカマスの4〜5aほどのものが、毎年とは言えないがたまに採集できる。生きた小魚を餌にアッいう間に10aを超える大きさになる。コンゴウフグの1〜2aのものが現れたことも。小さいものはまだ角が出ていなくて斑点のないハコフグの幼魚のようだ。真っ黒い体をしてゴミと一緒に水面を流れているのに、ゴマフエフキがある。2aほどの体はシマイサキやコトヒキの稚魚に似ているが体高が高いので区別がつく。少し大きくなると横縞が現れ大型シクリッドの幼魚の風貌がある。
 その他水槽内では臆病ですぐに隠れてしまうサツキハゼ、一度だけ採集した3aほどのミナミウシノシタは全身が真っ白だった。
 食用や釣りの対象魚の幼稚魚は飼育して可愛いものが多く、ホウボウの1aほどの稚魚は水面を泳いでいる所を採集できる。体全体が黒く頭が体の半分位はあり、胸鰭も大きくすでに下の3本の軟条は遊離して脚のようになっているが、裏表ともまだ黒い。3aを超える頃から胸鰭の表面にメタリックブルーの模様が現れ始める。
 クロダイの稚魚に混じって顔つきが少し丸みを帯びた魚はヘダイの稚魚で数は少ないが採集できる。
海中を舞う黒いゴミのような魚はコショウダイ、枯れ葉が舞うようにヒラリヒラリと漂う。採集をして水槽に入れ暫くすると、本来の模様が現れる。まだまだ、コバンアジ、アイゴ、シロギス、クロサギ、ヒイラギと個性的な魚は揚げればきりがないほどこの海で採集できる。
 飼育にはあまり適さないが砂底からミニミホタテウミヘビやマアナゴが顔を出していることもある。
大阪湾も結構やるもんである!
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